2015年09月30日

寺山心一翁さんのお話 「この腫瘍は、自分がつくってしまったんだ。これは自分の子どもである」


タイトルの文言をよぉ〜く理解できる人は正解です。
一般の人は「何言ってやがるんだ」という反応をします。
寺山心一翁さんの著書から紹介します。

当初、血尿が出て体の不快感を感じはじめた頃、
ようやく病院での触診で腎腫瘍を発見され、
そのまま半年も放置して、ようやく入院して即、
右腎臓の摘出手術。その後、抗がん剤注射で嘔吐が続き、
やがて頭髪が抜け出した。歩くのもきつく、
味覚が落ち、食欲もなくなった。
「先生、この注射を中止してください」
と寺山氏は素直な気持ちを伝え、医師は
「あなたがそういうのなら、もうやめましょう」
とおどすように念を押すのであった。
やがて医師は
「注射が嫌いなようだから、光線をかけよう」
と言った。
放射線治療が始まると、寺山氏はいつも
立ちくらみと頭痛に悩まされ、
だるさが続き、つらい気持ちを押し殺して、
放射線照射のあとは、いつも布団をかぶって
寝ているようになる。
ある日、幽体離脱の夢を見る。
そのあと、聴覚、嗅覚が著しく敏感になり、
他の人の臭いに耐えられなくなって、
病院の屋上で寝ていた。その様子を
見かねた医師から、退院の許可が出る。
寺山氏は、「救われた」という感じを
持ったのだという。
自宅で死を迎える生活が始まったある日、
突如天からか
「この腫瘍は、自分がつくってしまったんだ。
これは自分の子どもである」
と言葉が降りてきたような感じがして、
えもいわれぬ感情が湧き起こり、
「ごめんね、愛しているよ」
といってみたら、涙がとめどなく流れてきて、
少しずつ痛みが和らぎ、その夜は久しぶりに
鎮痛剤を用いないで睡眠をとることができた。
以来腫瘍に「愛しているよ」といい続ける。
がんが癒えていく道のりで、「穂高養生園」に
縁を得て、この場所で養生するなかで、
寺山氏は「自然治癒力」という言葉が
はっきりと腑に落ちた。
そして、「穂高養生園」は、自然治癒力の
衰えたからだを根本から少しずつ良い方向に
変えてしまうという、癒しには最高の場所で
あると感じるのであった。
その後日本ホリスティック医学協会の設立、
そしてスコットランドのフィンドホーン共同体へと
導かれていく。
フィンドホーンでたくさんの人々のハグを受け、
深い愛をさらに感じ、がんは消滅していた。
寺山氏の著書「がんが消えた」には、
1989年の出会い以来、20年近く親交を
深めているという「癒す心、治る力」の著者、
アリゾナ大学医学部教授アンドルー・ワイル博士が
「まえがき」に次の文を寄せている。
「寺山さんの癒しの過程で起こった
最も驚くべき出来事は、自分自身ががんを
つくったのだ、と彼が気づいたことでした。
・・・私は『癒す心、治る力』の中で、
寺山さんの話のこの部分をとくに強調しています。
なぜなら、病いと戦うことをやめ、
病いをふくめて人生や自分自身をまるごと
受け入れた結果、重病から癒された
患者さんたちを私は知っているからです」
(寺山さんの掲載がある某サイトより引用)



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posted by 的浜 癌爺 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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